第13話 「まろ」の顔

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「まろ」の顔


 中学三年生のとき、秋の運動会での出来事だった。あの頃の運動会は、応援合戦という出し物があって、クラスそれぞれ趣向を凝らしたものだった。そのなかでも第一は、応援席の後ろに立てる大きな大きな看板。ベニヤ板と材木を使って、横五メートル、縦三メートルくらいだったかな〜。もっと小さかったかな〜。


 どちらにしてもそんなけっこう大きい看板に貼る絵を、模造紙を貼り合わせてみんなで描き、威勢よくわが陣地に立てるのだった。描く題材はクラスでいろいろ。私のクラスはそのころ流行っていた漫画「パーマン」(「怪物くん」だったかな?)を描いた記憶がある。


 さて、思い出の話はここからで、実はもっと景気づけようと、「みつっぺ」(三男くんのあだな)がある物を持ってきた。それは、「ガスでっぽう」だった。その頃の農家では、田んぼや果樹園に来る小鳥やカラスをびっくりさせて追い払うために、所どころに「ガスでっぽう」を仕掛けた。秋にはいろんな方向から、時々「バ〜ン」というドデカイ音がするのも季節の風物詩であった。


 「ガスでっぽう」の原理はとても簡単。大きな竹の筒を切り出し、中の節をある方法(忘れた)でうまくくり抜く。その穴に、「生石灰」を焼いてつくるらしい「カーバイド」というものを入れ、水をそそぐ。しばらくすると化学反応が生じて爆発するのだ。


 さて、運動会もたけなわ。そろそろ「ガスでっぽう」をぶっぱなそうと準備万端ととのえ、水を入れた。が、しばらく待ってもまったく反応がない・・・ここで、「変だな?」と思った「みつっぺ」、あろうことか!竹筒を上から覗いたのだ!そして、そのとき「ガスでっぽう」が反応した! ★ ★★ ★★★ ★★★★ 〜〜〜〜〜〜〜 周りは一瞬、時間が止まったように感じられた。 みんな、言葉も顔色も失った・・・


 「みつっぺ」はとても我慢強い奴だった。もう一つのあだ名は「こけし」。まさに「こけし」のように、彼は無表情にゆっくり顔を上げた。みんな、おそるおそる彼の顔を見た。最初・・・彼は目をつむっていた・・・みんな、失明したのでは?と血の気が引いていた。 それからゆっくりと「みつっぺ」は薄目を開けた。無表情に。


 「よかった!!!」みんな心の中でどんなに安堵したことか。「みつっぺ、大丈夫か?」とおそるおそる声をかけた。「うん・・」とみつっぺは言った。それからまじまじと彼の顔を見た。彼の顔は、カーバイドの粉で白いお化粧をしたようになっていた。そして眉毛は・・・ほんの少ししかなかった・・・平安時代のお公家様、そう、「まろ」のような顔になっていた。


 みつっぺは、それからしばらくやけどの治療で入院した。お見舞いに行ったとき、包帯に巻かれた彼の顔は、今度は「恐怖のミイラ」のようだった。「恐怖のミイラ」とは、私たち世代ならだれもが最高の恐怖を経験した、テレビ放送黎明期の傑作テレビドラマであった。


 その事件から一年後、またも「まろ」の顔を見ることになるとは思いもしなかった。高校一年生になったばかりの春。私は男子校の生物部。女子校の生物部との合同親睦会が、近くにある沼を取り巻く丘陵で行われた。なにせ、女子校との親睦会が一番多いと聞いて入った生物部。その第一回めであった。期待と緊張のあの高まる鼓動!今なら「合コン」とよばれるものと一緒だろうか?


 その日は快晴の日曜日。一番高いところにある「あづまや」付近には、なにやらひと組のアベックの姿が・・・やがて、アベックは近くに止めた車に乗って走り出した。そのとたん! 頂上付近に煙が立ってきた。なんと、男が捨てたタバコの火が枯れ草に燃え移ったのだ!あっというまに山火事となった。私たち生物部員は、上着を脱いで、それで火消しに大奮闘した。しかし、風にあおられ火は瞬く間に広がり、消防車やら地域の消防団やらが全力で消火する大火事になったのだった。


 しばらくしてから、地元の新聞に私たちの消火活動を讃える記事が載った。そこには三年生の「キヨタカさん」の写真が大きく載っていた。そして・・・その顔も・・・なんと眉毛がほとんどなくなった「まろ」の顔だったのだ・・・


 人生とは不思議だ。「火」に翻弄された人が「水」の仕事についている。「みつっぺ」は水道工事店を経営している。「キヨタカさん」は大学の水産学部を出てから海洋資源に関する仕事を経て、今はNPOを立ち上げ、絶滅寸前の、ある川魚の保護、繁殖の活動に精を出している。