第20話 弘法の秘密

弘法の秘密


 小学校三年生の私は字がとても下手だった。どうしてなのか、角度が右に行ったり左に行ったり定まらない。まるで酔っ払いの千鳥足だ。そしてこんなことを思う。(きっと俺がよく似ていると言われる、あの大酒飲みのテツおんちゃんに本当に似ているのかも知れない・・・俺も大きくなったら大酒飲みになってしまうんだろうか?いやだな〜〜〜)


 ベティー先生こと、担任の吉田先生はある日の国語の時間、私にこう言った。「えっちゃんとイズミ君のそばに立って字の書き方を勉強しなさい」どちらもおとなしく成績の良いお嬢様とお坊ちゃま。勉強はどちらも学年の両横綱だった。でも脇に立っていたからって上手になどなれるわけじゃない。その後も私の字はへたくそのままだった。


 ところが、そんな私が突然上手になった。小学校四年生の夏休みのことだった。硬筆習字の宿題があった。ギリギリまで宿題をほっぽり投げていた私は、その「窮地」を「急知」で切り抜けた。反則をしたのだった。それは電灯をガラスの下からあてて?うろおぼえなのでもしかしたらそのまま手本を下にしただけなのかもしれない・・・手本のとおり、なぞって書いたのだ。それがなんと、夏休み宿題コンテストで金賞だったか銀賞になって、しばらく講堂にはり出されたのだった!


 このような場合の複雑な心境、それは子供心も同じだ。「虚栄心」と「後ろめたさ」私は臆病だったし、うそつきだった。決して書き写したなんて言わなかった。言えなかった。 ところがだ!不思議なことってあるものだ。この時以来、私は字が上手になってしまったのだ!コツをつかんだというのか、方向が一つになったというのか、ともかく、まずまずの字をその後ずっと書けるようになってしまったのだ。


 真似をするというのは思わぬ効能があるものだ、とわれながら納得の経験だった。大人になってからあれこれ物識りになると、どんなことでもはじめは「人まね」から入るのが上達の定石だ、ということもよくわかった。もしかしたら担任の吉田先生はそんなことを百も承知で、私に立派な賞をくれたのかもしれない。


 そして今、小学校三年生以前に戻ってしまった・・・「弘法の秘密」にも使用期限があったようである。