第32話 天罰てき面

天罰てき面
 
 孫たちがわが家にたびたびやってくる。子供達のエネルギーはすさまじいものだ。なにせ「移動」は常に「走り」だし、いつも汗をぶったらしている。私も子どもの頃から学生時代まで、お袋によくこう言われてはあきれられたものだ。「エネルギー余ってしょうがないんだべな〜、ノブオは・・・」とはいっても、その頃のガキ大将たちのエネルギーとは比べものにはならないのだが。彼らが戦艦で私がモーターボートくらいの差があったものだ。そんなエネルギーの無駄使い全盛期であった中学生時代のある日。エネルギーを勉強にではなく、暗黒面に発揮してしまった。またしても・・・暗黒面とは「冷やかし遊び」のことなのだが、今なら間違いなく「いじめ」と非難されることだろう。


 ある休日、退屈しのぎに(その頃)デブの同級生の家に遊び行った。彼とは幼稚園から(その後高校まで)一緒で、冒険旅行から塾からほとんど一緒の仲良しだったが、ときどき遊び半分で茶化すこともあった。その日、どういうわけか彼の部屋に「胡椒」の缶があった。それを見た私の心に、ピカッと暗黒エネルギーがきらめいた。(この胡椒でくしゃみが止まらなくなったらおもしろいぞ!) 


 さっそく胡椒缶をもって、部屋に胡椒をたっぷりとふりまき散らした!特に友人の顔付近にはたっぷりと。


 友達はくしゃみどころか、むせかえり、目をこすった。そして猛烈に怒り出した。(当たり前だが)わたしはおもしろさ半分、怖さ半分で、二階にある彼の部屋から踊るようにして逃げだした。追ってくるんじゃないかと、全速力で道路を走る!!!五十メートルくらい走って後ろを見て、友達が追ってきていないかと確かめた。大丈夫だった。逃げるスリルと、ちょっとやりすぎたな〜というほろ苦い悔恨・・・ そして走り直そうとして振り向いた。


 まさに「天罰てき面」だった!つまり天罰が思い切り「面」に来たのだ。そこにはコンクリートの電信柱があった。思い切り顔をぶつけてしまった私は、一瞬気を失ったような気がした。それからだった。痛さというよりも締め付けられるような猛烈な苦しさが襲ったのは。声が出なかった。しばらくして後ろを見たら、ずいぶん離れた場所にその友達が立っていた。彼は「それ見たことか!」と顔をクシャクシャにしながらもほくそ笑んでいた・・・ほんとうに俺はアホだと思って家に帰った。ぶつけた顔面が腫れて痛かった。


 その後彼の目が角膜炎になってしまい、しばらく眼帯をつけることになった。申し訳なくて「悪かった」とあやまりながら、何と大変なことをしでかしてしまったのだろう。彼の目がもし失明したらどうしよう・・・と心がとても痛んだ。しかしなんと良い友達に私は恵まれているのだろう。(彼以外もだが)彼は、「眼帯をしているのは私の胡椒が原因でない」と言ってくれるのだ!一か月後に彼の目から眼帯がはずれたのを見たときはほんとうに安心した。


 こんな歳になっても、飲んだ席なんかでその話をしたことがある。彼はいかにも他人事みたいに聞いて「ほとんど覚えていない」と言ってくれるのだった。


 「天罰てき面」はどうも五分五分になるまで続くらしい。この事件から数年後、仙台のある店に入ろうとした私は、またも「てき面」をくらった!あまりにガラスが綺麗にふかれていて、思い切り硝子戸に突撃してしまったのだ!そのとき、あの胡椒事件が脳裏を去来したことはもちろん言うまでもない・・・次にその店の前を通ったとき、硝子戸には何やら「シール」が貼られていた。