第41話 坊ちゃん刈り最後の日

坊ちゃん刈り最後の日

 
 小学校では「やろっ子」の髪型は二種類しかなかった。「坊主頭」か「坊ちゃん刈り」だ。私は「町の子」だったので「坊ちゃん刈り」だった。思い出アルバムを開いたら、白衣の床屋さんが写っていた。


 小学校の卒業式が終わり、中学校の入学式の前だった。私は床屋さんの椅子に座っていた。そこは家族四名でやっている「ラッキー」という評判の良い床屋さんだった。私の髪を切ってくれるのは、そこの娘さん。エキゾチックな顔だちで、しかも物静かな、とても綺麗な人だった。二十代前半ぐらいだったのかな〜。


 そのころ、中学校は「坊主頭」が主流だった。髪を伸ばしてだめだということではなかったが、坊主頭が当然という暗黙のルールがあった。私も思い切って、坊っちゃん刈りをやめて坊主頭にすることにした。「五分刈りにしてください・・・」


 床屋のお姉さんが、じっと鏡をのぞきこんだ。しばらく、そのままでいた。私は、どうしたのだろう?と思って鏡に映るお姉さんの顔を見た。びっくりした。お姉さんは涙を流していたのだ・・・お姉さんは椅子を離れ、鼻をかんだ。そして、ふたたび私の椅子に戻り、髪を切り始めた。何も言わずに。私は申し訳ないことをしたような気がして、何もしゃべらなかった。


 その後何度かふと思いだし考えたものだ。あの日、床屋のお姉さんが涙したのはなぜだったのだろう。断髪を決心した「少年だった私」への同情はきっとあったことだろう。いたいけな少年がまた一人いなくなるという喪失感もあったかもしれない。幼き子供時代も、輝く青春時代も、容赦なく過ぎていくことに寂寥感を感じたのかもしれない。


 もうひとつ。自由な髪形が許されない社会で自分の技術がなんになるのか・・・という幻滅だったかもしれない。歳をとればとるほど、あの日泣いてくれた床屋のお姉さんのことをいとおしく懐かしく感じてくるのだ。