第39話 便学の歴史

便学の歴史

 ロダンの「考える人」はまさに人生の真実を表していると思う。

 あのスタイルこそ、まさに「勉学」とは「便学」そのものであることを象徴しているからだ。

 な〜んて思うのは、小さい頃から私の一番の勉強場所が「トイレ」だったからに他ならない。

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 思いおこせば小学校低学年の頃からトイレ(大)は私の絶好の図書館だった。

 漫画を持ち込み、おもしろいのでそのまま最後まで読んでしまう日々。

 足がしびれないかって?

 実はすぐしびれてしまったので、そのまま便器に座り込んで読んでいた。

 なんて不潔な。。。と今は思えるのだが、その頃は世の中一般そんなに清潔とはいえなかったので大して気にもならなかった。

 でもあまりに長い時間居るとたしかに臭いが染みついたような気はする。

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 小学校三年生の時だった。

 前の日に宿題するのを忘れ、あわてて朝のトイレでするはめになった。

 宿題は「詩」を一篇書くことだった。

 私はトイレの中で、時計の詩を書いた。

 家中の時計がみんな少しづつ狂っていて、しかもみんな音まで違う。

 どれをあてにしていいかわからない、という内容だった。

 なにせ始業時間も近づいているので一気呵成に書いたのだが、なんとこの詩が郡のコンテストで賞をもらい、文集に載ることになった。

 便学の効用を感じさせる経験だった。

 これがやみつきの理由になったかも。。。(嘘です)

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 ちっちゃい頃から漫画好きだったが、小学校に入ってからは学級一の読書好きになった。

 まじめな本ばっかしかといえばそうでもない。

 小学校高学年の頃、父がとっていた週刊新潮の連載小説を読むことが楽しみだった。

 その小説の題名だけは今でも覚えているが「蓼(たで)食う虫」という官能小説だった。

 主人公の奈美江だったか奈美子だったか、たしかクラブホステスをしていた女性が主人公だったような。。。

 まだお毛々も生えないガキのくせに、結構どきどきして毎週楽しみだった。

 だからトイレでしか読めなかったのだ。

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 そのころ「官能」という言葉を覚えたわけだが、罪の意識があって人前では決して口にしなかった。

 高校一年生になって生物の授業を受けたとき、人間の脳に「間脳」があることを知った。

 授業中、とつぜん私の古いメモリーに電気が通じた。

 「かんのう!」

 私は先生に本気で質問しようと思ったのだ。

 「先生!それでは『官脳』はどこにあるのですか?」と。

 しかし私の無意識が私の質問を止めた。

 (もしかして、俺はとんでもない誤解をしていて大恥をかくかもしれないぞ)

 もじもじしている私を先生はいぶかしそうにしばし見ていたが、私が質問しないようだと判断し、授業は別のことへと進んだ。

 しばらくして自分で調べた私はホットした。

 「官脳」じゃなくて「官能」であること。

 エッチな考えを司る脳なのではなくて、単なる文学的語彙であることをなんとそのとき知ったのだった。

 なんて幼いガキだったのだろう。。。

 私は「生物部」に入り、この時の先生とは何度も海の合宿もともにしたり、お世話になった。

 先生が今でも大事にしてくれているニックネームの名付け親も私であった。

   →あだ名のうらみ

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 さてあれから40年、便学が過ぎて残念ながら「痔」にも恵まれ?、それでも懲りずに今でも便学を続けている。

 なにせ時代は洋式便器に変わり、ますます便学を奨励しているようにさえ思える。

 先日、ある方と話をしていたら「ずいぶん本を読んでますね」とほめられた。

 その時私はこう言った。

 「実は一日の平均読書時間は、たった30分から40分くらいなんです」

 「でも5冊から10冊くらいの本を並行して読んでるんですよ」

 「そのうち一番難しい本は必ず朝便の10分間を利用して読むことにしています」

 「一日たった4-5ページですが、一ヶ月もすれば結構な厚さの小難しい本も読み終わってるんですね〜」

 「一日少しづつだからかえって集中できるようです」

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 実をいえば、大人になってからのかなり長い期間、私の便学教材はずっと「新聞」だった。

 しかし一年前、ついに女房から「トイレで新聞禁止令」が出た。

 おかげで小難しい本を集中して読む場所が出来たのだ。

 偶然の幸運ってやつだ。

 やっぱり便学には何かしらの「うん」がついて回るのだな〜。