第2話 支那料ライター

今週のお題「冬の体調管理」

支那料ライター


 車で「柳橋○○儀」という葬儀の看板を見かけた。たしか一年くらい前だった。後から小学校四年のとき担任だった柳橋先生であることがわかった。


 色白でふっくらとした美人の先生だった。やさしいおっとりした母性的な方だったが、怒ると怖かった。その頃の私は成績もよくて、小学校はまるで「私の王国」みたいな楽しさだった。先生にもずいぶん可愛がられたものだ。


 ある日、私は風邪気味で熱っぽかった。授業中、心配した柳橋先生は、私の机の前に来るなり突然、私を少し抱くようにして額に唇を押し当て熱を測ってくれた。先生のほんわりとした体臭に一瞬包まれ、子供心になんともいえぬ甘美な気持ちと恥ずかしさが上半身に満ちた。それと同時に、まわりの皆の羨望のまなざしと、軽い嫉妬心が空気のように伝わってきたことを覚えている。


 このクラスでは毎月一回「誕生会」があり、お菓子を食べながらみんなであれこれ企画して小一時間楽しむことが授業の中であった。昔は実にのんびりとしていて、先生たちには大きな裁量が許されていた。この「誕生会」は「学芸会」と同じく私が常に主役。毎回私が大まかなストーリーを考え、同級生に役を割り振り、即興劇を演じるのだった。


 ある日の誕生会で柳橋先生はこうほめてくれた。「ノブオ君は将来シナリョウライターになるといいですよ」と。シナリョウライター?何だそれは?「支那料ライター」って書くのかなと思っていた。でも言われたときはとてもうれしかったものだ。それが「シナリオ・ライター(脚本家)」のことと知ったのは高校生になってからだった。


 あれから四十八年過ぎた今、向田さんや久世さんの随筆をこんなに楽しく読めることを不思議に感じる自分がいる。お二人は超一流の「シナリオ・ライター」である。そして気づいた。進んだ道は違っても、どこか通じるものが自分にもあるので共感するのだなと。


 柳橋先生、どうぞあの世で安らかにお過ごしください。あの頃の黄金時代を本当にありがとうございました。