第29話 駐在さんと息子

駐在さんと息子
 

 私が小学生のころ、お寺の隣に「駐在所」があった。シブヤ巡査が一家で引っ越してきたのは、私が小学校五年生の時だった。小太りでオッチョコチョイな感じのシブヤ巡査、大太りの奥さん、そして一風変わった一人息子の三人家族だった。


 風変わりな息子は私より二つ下だった。坊っちゃん刈りの大きな頭と幅広い顔をしていて、二宮金次郎のように本を両手で持って読みながら道を歩いていた。まったくの無表情だった。さすがに五十年くらいも前の話なので私の記憶も薄れてしまい、彼の名前を思い出せない・・・とりあえずシブヤボンという名にして話を進めよう。


 シブヤボンはこんなふうだったので、父親のシブヤ巡査はとても心配していた。息子がいじめられていないかと。ある日、駐在所の近くに住む私たちが一緒に遊んであげた。それからしばらくして、駐在所の前を歩いていた私と友人はシブヤ巡査に引きとめられた。そして駐在所とつながっている彼の家へ案内された。


 家では、シブヤボンが相変わらずの無表情で、こたつで本を読んでいた。寒い日なのに、シブヤ巡査は汗をかきながら、ニコニコ顔で私たちにしきりにミカンをすすめる。彼は息子が遊んでもらったことがとても嬉しかったのだ。


 やおら!シブヤ巡査が「いいものみせてあげっからな!」と言った。そして持ってきた。本物の『拳銃』を。その時初めて触れた本物の拳銃。(今に至るもその時だけだ)今でも「ずっしり」と実に重い、あの拳銃の感触を手に感じる。もうひとつ、あの何とも云えぬ「怖さ」も・・・


 シブヤ巡査は本物の弾丸も見せてくれた。「いいか、この後ろに撃鉄が当たって発射されんだぞ」そう言いながら、こたつの板にわざとぶつけて見せる。私は、本当に爆発するのではないかとヒヤヒヤした。「どうだ、やろっ子たち、すごいの見せてもらったべ」と、シブヤ巡査は自慢げな表情で微笑んでいた。シブヤボンも無表情ながら何か親父の話を補足し、こちらも自慢げに見えた。

 
 その後数年でシブヤ巡査とその家族はいなくなった。 詳しくは知らないが、何かチョンボをやらかしたという噂を後から聞いた。